池澤夏樹個人編集 世界文学全集 短編コレクションT読了
2016-06-06


家の中の鉛管類をすべて詩に置き換える、今風に言えば詩オタク。いくら詩が好きでも、これではたまるまい。案の定のドタバタ騒ぎ。

ラムレの証言
 内戦と紛争の世界。砂と太陽と汗と地と死。これは50年前の作品。当然背景となる政治状況も現代とは違う。しかし、戦争に何の変わりもない。人が代わり、軍が代わり、国が変わり、イデオロギーが変わっても、弱いものを傷つけ、殺し、苦しめるのが戦争の本質だ。いや、戦いすべての本質と言っていい。国を変え、人を変え、軍を変え、イデオロギーを変えれば、これはいま現在の作品となる。

冬の犬
 子どものわずか半日の冒険。命がけの冒険。そして、生き延びてきた冒険。誰も知らない冒険。誰にも話してはいけない冒険。そして、大切な、命がけの冒険を共にした相棒との別れ。幼年期の終わりとして、王道を行く作品。

ささやかだけど、役にたつこと
 辛い話である。そして、少々ホラー風味でもある。読者はネタがわかっているが、登場人物にはそれに気づくゆとりがない。それがサスペンスになっている。そしてラストは、なんともしみじみとした、いい話になる。この落差が実にいい。人は温かい食べ物にどれほど癒やされることか。

ダンシング・ガールズ
 あの隣人は、一体何だったのだろう。理想を追う主人公、おせっかいでろくでなしなのに、それに気づく知力もない家主、そしてなんとも不思議な隣人。夢は夢のまま、現実は味気なく、それでもどこかに夢をこっそり忍ばせて。


 文化大革命が中国にどれほどの悲劇を産んだのか、われわれはあまり実感を持ってはいない。だが、この作品に描かれた悲劇は、かなりの数に上っていたのだろう。極端な潔癖主義が生み出す恐怖政治。その犠牲となるのは、やはり市井の人々である。死別した母への屈折した心理が切ない。

猫の首を刎ねる
 イスラム文化と西洋文化。主人公は2つの文化の中に生き、二つの文化を具現する2人の女性キャラクターの間で揺れ動く。男として都合のいい女に惹かれつつ、自立した対等な女にも惹かれ、選びきれないまま悩む主人公のアダ名は「ハムレット」。バンジージャンプが暗喩として効いている。

面影と連れて
 1人の女性のひとり語り。戦後の沖縄(海洋博あたりまで)を舞台とし、伝統的な神と共存した社会と現代社会との狭間で生きた女性の、淡々とした回想。彼女の生涯は「悲劇」なのだろうが、どこかそれを達観し、受け入れて、負けずにそこにある、たおやかな強さを感じる。ラストのどんでん返しは悲惨でもあり、また救いでもある。

 足掛け3年にわたって読み続けた池澤夏樹個人編集・世界文学全集
も、とうとう残り1冊となった。名残惜しいような気がする。

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