池澤夏樹個人編集 世界文学全集 短編コレクションT読了
2016-06-06


池澤夏樹個人編集 世界文学全集 短編コレクションTを読了

南部高速鉄道
人は、どんな状況でも、社会を作り、人間関係を作り、日常を作り、暮らしを作る。それがどんなにもろく崩れ去っていくものであろうとも。そして、望ましくない状況で生まれた社会であっても、それがいったん生まれれば、それを持続しようとしてしまう。あるいは、持続するものだと考えたくなってしまう。これは社会を生み出す人間の強靭さと、生み出す社会のはかなさとの物語。

波との生活
 困った押しかけ女房は、魅力的であればあるほど問題だ。押しかけられて、ひどい目に遭いながらも、別れることができない。しかし、そういう蜜月も、いつかは崩壊し、寒々とした現実が襲ってくる。ファンタジーは現実に侵食され、崩壊していく。

白痴が先
 なんとも不条理な話だ。旅の行く先については何の保証もない。それでも父は子を列車に乗せようとする。それを阻止するのは一体何者なのか。

タルバ
 病人を助けるために、奇跡にすがる。万に一つの望みにかけて。だが、奇跡はめったに起きないからこそ奇跡だ。奇跡の影に、どれほどの起こるべくして起こる悲劇があったのだろうか。

色、戒
 凝縮されたサスペンス。現代サスペンスの要素はすべて揃っているが、それをわずか数時間の出来事と、シンプルな回想とで綴ると、これほど密度の濃い作品になる。映像化もされているが、この原作が解凍されると、本当に膨大なストーリーが生み出されてくるに違いない。

肉の家
 タブーが厳しければ厳しいほど、それに抑圧される人の欲望や本能はより先鋭に、より過激に、そしてより破滅的になる。家族がみな、お互いにタブーを犯しながら、それに触れないことで暮らし続ける、そんな息の詰まるような家。もはやそこからは家族の誰も出ることができない。あるのは沈黙だけ。

小さな黒い箱
 P.K.ディック。もうそれだけで世界が浮かび上がる。人間が管理され、監視され、支配され、個人の自由など奪われた世界。そんな世界の中で、僅かな自由を求め、かすかな望みをつなぎながら生きる人々。これはSFなのか、それとも現実なのか。

呪い卵
 現代でも、神話と現実との教会が定かでない世界は存在する。そこには西洋近代と称する世界の因果律や時間の流れは通用しない。しかしそれでも、世界は実存し、存在は否定できない。そんな世界を垣間見ることができる。

朴達の裁判
 なんともユーモラスな、しかし、プロレタリア文学のような作品。水と油のような笑いと労働運動が、渾然一体となって立ち上がってくる。その立役者は労働運動の英雄にして、市井の一風変わったアウトロー、朴達である。重くないプロレタリア文学とでも言おうか。

夜の海の旅
 主人公が何者なのか、これがわかれば、全体がユーモアに包まれる。しかし、我々も何のために生きているのかと問われれば、はたと困ってしまうだろう。それはもしかしたら、本当に生き物のさだめなのかもしれないと、この作品を読むと思ってしまう。

ジョーカー最大の勝利
 バットマンである。しかし、ここに登場するバットマンやジョーカーは、決してティム・バートン以降のものではない。それ以前のTVシリーズのバットマンだ。かつてWOWOWで田口トモロヲが吹き替えたハチャメチャなTVシリーズのバットマンが放送されていたが、まさにあのノリである。このようなヒーローを賛美する人々を、いまだに「巨人の星」を地で行くスポーツ育成から脱却できない我々は、笑うことができない。

レシタティフ――叙唱
 黒人差別、女性差別、貧富の差、それを大上段に振り飾るのではなく、孤児院で出会い、その後の人生でも偶然に再開する二人の女性のやりとりを通じて描き出す。登場人物の人種がわからないまま進んでいくストーリーは、われわれ日本人にはむしろ新鮮かもしれない。

サン・フランシスコYMCA賛歌

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